
かつて丹塗りだった八坂の塔
「法観寺塔婆」という絵画をご存じでしょうか。明治から昭和にかけて活躍した洋画家須田国太郎が描いた作品で、八坂の塔が中心に聳え、その前に電柱が林立するという印象的な絵画です。構図としてはこの写真に似ていますが、実際には東大路通の西側から見た風景で、今でも建仁寺を抜けて八坂通を登って行くと、須田画伯が描いたような電柱に囲まれた八坂の塔を見ることができます。
多くの電柱は近代化の象徴、その中にあっても存在感を失わない古塔の姿を描いた名画ですね。この絵について画伯自身が語った言葉があるのですが、その中に「丹塗りの建築細部」という興味深い一節があります。あれっと思って調べてみたのですが、建てられた当初は清水寺の塔のように丹色に塗られていたことが判りました。今は何の彩色も見あたりませんが、この絵が描かれた昭和7年にはまだ色が残っていたものと思われます。
回避された彩色の復元
八坂の塔は昭和18年から22年にかけて半解体修理が行われており、その際にも部材の裏側などで丹色の跡が確認されています。修理に当たっては、この元の丹色に戻すか、木地のままにしておくか議論が交わされましたが、結局彩色は施さないことになり、現在に至っています。もし彩色が施されていたら、今とは全く違う景観になっていたことでしょうね。

カフェとなった画家のアトリエ
ところで彩色と言えば八坂庚申堂の隣にある黄色い壁の家が、最近「GESHARY COFFEE 洛」になっていました。東京のカフェの京都支店だそうですね。そして、この家は高名な日本画家のアトリエだったのだそうです。何度もこの前を通っていますが、全く知りませんでした。ただ、高名な画家とは誰なのかは公表されていません。表に出した方がPRになりそうなものですが、何か事情があるのでしょうか。
内部には轟川を利用して植治が作庭した庭園があるそうです。一度入ってみたいですがコーヒーが一杯1000円以上、ちょっと二の足を踏みますね。やはりインバウンドをターゲットにしているのでしょう。

意外と少なかったインバウンド
最近はインバウンドの間でも早朝散策が定着し、この時間帯でも沢山の人が居ると思っていたのですが、この日は比較的少なかったですね。中国による渡航制限の影響なのでしょうか。
なお、この向こうにあったやたらと目立つ自動販売機は撤去されていました。当局から指導が入ったのでしょうか。

定番構図の八坂の塔
この場所には予想通り、かなりの人が集まっていましたね。それでも思っていたより半分以下、10数人程度でした。以前は左端に見えている百日紅を撮りに来る場所だったのですけどね、今は枝垂れ桜が繁ってきてちょっと無理になってきました。

三度再建された八坂の塔
法観寺は聖徳太子によって創建されたという伝承があります。解体修理の際に行われた発掘調査で、創建の時期としては整合していると判明しています。当時は八坂寺という大きな寺でしたが、その後次第に衰退していき、塔だけは残されました。そしてその塔も計3度焼失していますが、その都度再建され、最後に建てたのが足利義教でした。恐怖政治を行ったことで知られる将軍ですね。そんな強権的な人物でも大切にしたというのは、どういうことだったのでしょう。そして、現在は寺としての体裁はほとんどありませんが、この塔だけが聳えているという不思議な存在です。見慣れ過ぎて何とも思わなかったのですが、考えてみれば謎だらけの存在ですね。
世界に広がる悠久の歴史
インバウンドが殺到したことにより、この写真と同じような画像は、世界中に何万とあることでしょう。須田国太郎が感じた悠久の歴史は、今や世界共通のものとなっています。




















































